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ベルギー留学のススメ

2012 年 1 月 29 日 - 11:39 AM

 2009-2010 年度奨学生 村 中 由美子

 私は、ベルギーにあるルーヴァン・カトリック大学に2009 年9 月から国際親善奨学生として留
学する機会をいただき、2011 年1 月にようやく修士課程(フランス文学)の学位を修得すること
ができました。ベルギーの首都ブリュッセルには多くの日本企業の駐在員の方々が暮らしています
が、ベルギーに留学する日本人は隣国フランスに比べてもはるかに少なく、ベルギー留学に関して
は大学のシステムや学費について情報も得られにくい状況です。そこで、この機会に私のベルギー
留学経験をお伝えすることで、フランス語圏への留学を考えている方にフランス以外の選択肢とし
てのベルギーについてよりよく知っていただくことができれば幸いです。また、そうでない方にも、
ビールとワッフルとチョコレートで有名なベルギーとはまた違ったこの国の一端を感じていただ
ければと思います。

【ベルギーの大学で勉強するという選択】
 私は、ベルギー生まれの作家、マルグリット・ユルスナール(1903 ~ 1987)における美術作品
の受容と文学創作の関係について研究しています。この作家の研究センター、Centre International
Documentation de Marguerite Yourcenar (CIDMY) がブリュッセルにあり、留学前からコン
タクトを取っていたこと、およびルーヴァン・カトリック大学(以下UCL)にこの作家の専門家が
いたことから、ベルギーのフランス語圏にあるこの大学を留学先に選びました。ただ、ロータリー
の国際親善奨学生の現制度では、留学開始のかなり前に留学希望先の大学を決定する必要があり、
その時点では大学にいた研究者が、留学開始時点では大学の移籍等の理由でいなくなっている場合
がしばしばあります。よって、指導をお願いしたい教授には早めにコンタクトを取って指導を受け
られるかどうか確認することが大切だと思います。ここまではベルギー留学だけでなく留学全般につ
いて言えることなのですが、ベルギー留学のメリットは、教授と学生の距離が大変近かったというこ
とです。ソルボンヌ大学(パリ第4 大学)のようなフランスの有名大学に留学する場合、指導教官
と面談の予約を取ろうとメールしてもなかなか返事が来なかったり、教授が大量の学生を抱えてい
るために綿密な指導が受けられなかったりといった話をよく聞きますが、ベルギーの大学ではそう
いう悩みは一切ありませんでした。修士論文の執筆中は、指導教官の先生のご自宅で何時間にも渡
る指導をしていただいたり、ゼミの学生たちに論文のフランス語を添削してもらったりと、非常に
貴重な経験を得ることができました。文学の学位論文をフランス語でA4 用紙100 枚も執筆するの
は本当に大変なことで、自分一人では決して成しえなかったことです。フランス語のレベルに関し
ても、外国人だからといって甘くみてもらえるわけでもなく、たとえ内容が通じても論文としての
フランス語のレベルに達していない場合は容赦なく書き直しを命じられました。このように、ベル
ギーの大学は大変厳しいのですが、その分とても力がついたと感じています。

【ベルギー試験事情】
 また、論文を提出して学位を得るためには、当然必要単位をすべてクリアしていなければなりま
せん。ベルギーにも日本の優、良、可、不可にほぼ相当する4 段階の成績評価がありますが、可以
下の成績が一つでもあると博士課程には進学できないシビアな仕組みになっています。さらに、ほ
ぼ全ての科目で筆記試験と口頭試験がセットになっていて、どちらかだけでも悪いと容赦なく落
とされます。なので、ベルギーの学生の猛勉強ぶりには目を見張るものがありました。試験期間に
なると大学が教室の一部を24 時間開放して学生の勉強の場にするだけでなく、学生の親たちも子
供の試験の期間中は大変神経質になり、子供の試験に全面協力体制になります。まさに、日本の大
学受験に相当するものが、ベルギーでは大学に入ってから毎年3 回あると説明すれば、ベルギー
での試験の大変さがよくお分かりいただけるのではないかと思います。ベルギーでは企業への就職
の際にも大学の成績が考慮される上、在学中も、ERASMUS と呼ばれる大学間の交換留学制度に応
募するには一定以上の成績を取る必要があり、それで学生も懸命に勉強するようです。もうひとつ
の事情としては、ベルギーでは国が大学に対してかなりの補助金を出しているため現地の学生は年
間800 ユーロあまりで大学に登録することができるのですが、その分留年等に関しては規定がかな
り厳しく、何が何でも結果を出さねばという学生のプレッシャーは相当なようでした。

【ベルギーでの外国人学生の学費】
 先ほど、大学の登録料800 ユーロについて少し触れましたが、日本人がベルギーの大学に登録
するためには、この現地の学生と同じ登録料800ユーロのほかに、大学登録税を年間で3096 ユー
ロ(2011 年現在)支払わなくてはなりません。外国人留学生は出身国別に3 グループに分けられ、
日本は先進国グループに分類されるため、3 グループの中でも最も高い登録税を払わなくてはいけな
いというわけです。ベルギーでは国から大学に多額の補助金を出しているが外国人留学生の親は国
に税金を払っていないため、という登録税徴収の理由は一見合理的なようにも思えますが、隣国フ
ランスではこのような大学登録税の支払い義務は存在しないばかりか、外国人学生に対して家賃の
補助も出ることを考えると、やはり留学生の受け入れという面ではベルギーよりフランス、という
感じはします。結果として、ベルギーへの修士課程以下への留学をする場合、日本の国立大学並み
の学費がかかるということです。ちなみに、博士課程以上であれば、この登録税は発生しません。

 

【ベルギーでの大学生活】
 ベルギーは小国であるためか、ほとんどの現地の学生は週末ごと実家に帰ります。毎週金曜日の
夕方、大きなスーツケースに洗濯物と、課題のための本をぎっしり詰めた学生たちが一斉に帰途に
つく光景は圧巻でした。ベルギーには、日本のように親が学生に銀行振込等で仕送りをする習慣が
ないらしく、大学生は毎週家に帰り、洗濯をしてもらい、次の週の生活費を手渡しでもらっている
ということのようです。前述のようにベルギーの大学のカリキュラムは大変ハードなので、アルバ
イトをしている学生は本当に少数派でした。このような事情もあり、週末に実家に帰ることのでき
ない外国人留学生は週末に人気のない町に取り残されるわけですが、私はよい友人に恵まれ、とき
どきベルギー人の友達の実家に一緒に連れて行ってもらうことができました。私が1 年半余りを過
ごしたルーヴァン・ラ・ヌーヴは、まだ40 年ほどの歴史しかない新しい学園都市でいくぶん殺風
景だったため、大学の友達はよく、歴史ある本当のベルギーの町を私に見せたいと言いながら故郷
の話をしてくれました。また、ロータリアンの方のお宅に呼んでいただけることもあり、そこでは
なかなか外国人留学生が体験することのできない、普通のベルギーの家庭生活を垣間見ることができ
て、とても貴重な経験になりました。

 留学先としてベルギーを選んだことで、もし多数派であるフランス留学を選んでいたならばおそ
らく直面しなかったであろう事務上の苦労や、大学の厳しい成績評価に悩まされるという難点はあ
りましたが、それ以上に、この小さな国ベルギーで温かい人々に囲まれて過ごした1 年5 カ月は本
当に充実した日々でした。学んだことを生かしつつ今後さらに前進できるよう精進していきたいと
思います。最後に、この素晴らしい留学を可能にして下さったロータリーの皆様をはじめ、お世話
になった全ての方々に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。

代表幹事を務めて

- 11:32 AM

2009-2010 年度奨学生 風 岡 祐 貴

 去年の5 月、学友会の幹事の伊藤さんからメールをいただき、次年度の代表幹事の仕事を引き受けてくれないかというお話がありました。その時はまだ留学先のドイツにいて、最初メールを読んだときは、自分に務まるか不安でした。それでも「出発前からこれだけお世話になったロータリーに役に立つことがしたい。」と思い、引き受けようと考え返事を書きました。その後10 月の初めに引継ぎ会があり、11 月の地区大会に出席して幹事としての仕事がスタートしました。これまでわからないことがあるとその都度、伊藤さんや学友小委員長の阿部さんがアドバイスを下さり仕事をこなすことができました。
 今回、会誌に寄稿するにあたり、幹事の仕事を通して学んだことを書こうと思います。それはこの仕事をしたおかげで、多くのロータリアンや学友の先輩と知り合い、自分がたくさんの刺激を受けたからです。既に出発前からガイダンスや総会で、ロータリアンや学友の先輩から、留学や留学後の進路について話を聞く機会はありましたが、幹事の仕事をする中で、そういう機会が増えました。まだ学生で社会とのつながりが希薄な私にとって、社会の様々な分野で活躍するロータリアンや学友と話し、あるいはメールでやり取りする上で学ぶことは多かったです。特にその中で実感したのは、自分がこれから積極的に留学の経験や、今学んでいることを発信していく必要があるということです。そうすることで学友の1 人として地域に貢献することになり、また自分にとっても経験を話す機会を得ることで、話し方や話のまとめ方を磨くことができプラスになると思います。そして情報を発信することで、何より相手から反応があり、時には励みになったり、改善点を見つけたり収穫が多いです。さらに人と人のつながりもできてきます。去年の11 月の地区大会で演奏をした学友が、演奏が好評でその後、別の集まりに招かれて演奏をされたそうです。自分は直接演奏に参加したわけではないですが、認められ活躍している先輩の話を聞き、学友の1 人として素直に嬉しく自分もそれに続きたいと思うようになりました。そして学友会としても、学友がより情報を発信し地域とつながる場を作っていきたいと思いました。そこで具体的に考えたのは、学友の学校訪問です。まず自分の母校の先生と連絡をとり、実際に高校を訪問して、高校生を前に留学の話をさせてもらい、学校訪問の感触を得ました。それから学友宛にメールを書き、学校訪問に興味のある方は返信してほしいと声をかけてみました。すると、2 人の学友から積極的なお返事をいただきました。早速、それぞれの学友の母校へ連絡を取り、学校訪問を依頼しました。まだ日程調整もあり、学校と交渉中で実現には至っていませんが、学友の学校訪問という難しい提案に好意的に反応していただいた学友の先輩には感謝しています。そして最初、このことを相談したとき、学友小委員長の阿部さんから、「やってみたらどうか。」と背中を押してもらったのもありがたく、ここまで自分
の思うようにやってこられたのも、そういうバックアップがあったおかげだと感じました。また「学校訪問は難しくても学友として何らかの地域貢献に携わりたいのでまた連絡してほしい。」と返信を下さった先輩や、励ましのメール、学友会のあり方について意見を下さった先輩もいて、一人一人の学友の意識の高さを感じました。そうした声を学友会のこれからの活動に生かしていきたいと改めて思いました。まだまだ足りないところも多いですが、残りの期間を頑張ってやっていきます。

ホストファミリーとの再会

- 11:25 AM

2009-2010 年度GSE メンバー 藤 井 恵 里

 学生時代、家族旅行で台湾に行きました。本当は中国に行く予定が、サッカー関連で反日運動が
中国各地で勃発し、中国旅行を諦め、急遽台湾に変更した家族旅行でした。当時私が受けた台湾の
印象は、公用語は中国語だけど、文字は難しい文字を使うし、ツアーで回った台北市内観光は特に
おもしろいところもないし、ツアーで連れて行ってもらったレストランの食事は全然おいしくない
し、唯一の良い印象は「親日派」ということだけで、もう2度と来ることはないだろうと思っていまし
た。
 それから5年後、ふとしたきっかけから、GSEメンバーとして再び台湾を訪れることになりまし
た。GSE メンバーとして過ごした1ヶ月で台湾の印象が180 度変わり、台湾と日本の歴史を学び、
またホストファミリーや台湾人の温かさに触れ、帰国後は台湾が大好きになっていました。
 帰国して3ヶ月後、友人と二人で台湾旅行に行きました。3人のホストファミリーに事前に台湾
に旅行に行くことを伝え、少しだけ再会することにしていました。ところが、少しだけの予定が、
全く違ったのです。熱烈に歓迎してくれました。

 1人目のホストファミリーは、着いたその日に夫婦そろってホテルまで迎えに来てくれて、滞在
中私が大好きだった台湾料理やジュースをごちそうしてくれました。また、今回の旅行の日程を聞
かれ、最終日が何もないことを話すと、最終日は予定を入れずに、一緒に過ごそうと言ってくれま
した。私たちの行きたいところ全て連れて行ってくれて、最後は奥さん行きつけの高級エステに連
れて行ってくれました。全ておごりです。別れ際に、「次に来る時ホテルは予約しないで、家に泊まれば
いい。ふじこは私たちの日本の娘なんだから。」と言ってくれました。涙が出ました。
 2人目のホストファミリーは、台北市内から離れていたので、バスと電車を乗り継いで会いに行
きました。娘さんを連れて一緒に観光してくれました。このホストファミリーも、私が滞在中大
好きだった台湾料理を用意していてくれました。GSE で過ごした懐かしい家にもまた行くことがで
き、お茶を飲みながらいろんなことを話しました。帰り際、ホストファミリーのママが「私たちはも
う友達です。ロータリークラブとか関係ない。娘のように思っています。だからこれからも何も変
わらず、お付き合いしましょう。結婚式には呼んでね。」と言ってくれました。またまた感動して涙
が出ました。
 3人目のホストファミリーは、宿泊先のホテルの中華料理レストランで食事をごちそうしてくれ
ました。なんとそのホストファミリーが所属しているロータリークラブの現会長夫妻、次期会長夫
妻もわざわざ来てくれたのです。偉い方ばかりで緊張してしまいましたが、気さくに会話してくだ
さったり、このロータリークラブは例会の後日本語の学習会をやっているということで、逆に私た
ちが日本語を教えたりと、とても楽しい食事会でした。
 このように、たった3泊4日の短い台湾旅行でしたが、帰国する日以外は全てホストファミリー
と過ごすことができました。また、私たちがバスや電車で移動する時迷わないように、ホストファ
ミリー同士で連絡を取り合ってくれて、スムーズに再会できるようにしてくれました。
 前回はGSE メンバーとして来て、ロータリークラブというバックがあるから、ホストファミリー
をはじめとする現地のみなさんは豪華なおもてなしをしてくれた部分もあったと思います。しかし、
今回は同じようなことは期待していませんでした。
ただ会えればそれでいいと思って行きました。でも、何も変わらずに温かく接してくれました。こ
れがとても嬉しかったです。
 自分の今周りにあるものは、全て縁でつながっていると思います。仕事も友達も恋人も。台湾は、
もう2度と行くことはないと思っていた国でした。中国語ももう勉強するつもりはありませんでした。
でも、GSE というきっかけで台湾とつながり、中国語もまた勉強するようになりました。きっと私
には台湾と中国語とも縁があったのだと思います。 そしてロータリークラブのおかげで、台湾に大
切な友人ができました。出会った縁を大切にして、これからの自分の人生を充実させていきたいなと
思います。
 最後に、ホストファミリーから毎回メールで「いつ結婚式に呼んでくれるのか?」と催促されるの
で、早くハッピーな報告ができるように、まずはプライベートを頑張らねばと思う日々です。

GSE メンバーからの近況報告

- 11:19 AM

2009-2010 年度GSE メンバー 赤 野 晃 久

 甲府シティロータリークラブを通じてGSE メンバーとして台湾の3490 地区に派遣していただき
ました株式会社アズマ工機の赤野晃久です。ちょうど1年前は慌ただしく出発の準備をしてい
たのを覚えています。そろそろ1年が経つのだなと考えていた矢先に東日本( 東北関東) 大震災が
起こりました。多くの尊い命が失われ、また多くの被災者の方々が家を失い、避難生活を余儀なく
されました。
 山梨では比較的被害が少なかったとはいえ、計画停電の実施や生活必需品の不足など不便な毎日
を過ごしています。またビジネスも打撃を受けました。私の会社でも取引先などで被害に遭った企
業が複数あります。
そんな中でうれしかったのは、世界のメディアが日本の震災について大々的に報道し、各国政府が
次々と日本への協力を約束し、援助隊や物資を送ってくれていることです。台湾でも馬総統が自らリー
ダーシップをとり政府レベルで、また民間ではテレビ番組などを通じて、たくさんの義援金を集め
て下さっていることをニュースで知りました。

 また、台湾のロータリアンの方々には心配と激励のメールを送っていただき、とても励まされま
した。今私たちが毎日頑張ることができるのは、GSE を通じて知り合った友人からのこうした励ま
しのお陰であり、とてもありがたいことだと思います。
 そのようなわけで、2010 年の台湾GSE でお世話になった3490 地区の李ガバナー(当時)をは
じめ、全てのロータリアンの方々への感謝の思いを新たにしています。また、私たちを送り出し
て下さった2620 地区の飯田ガバナーおよび高村GSE 委員長(いずれも当時)をはじめ、関係者の
皆様にも改めて感謝申し上げたいと思います。
 今後は、私たちGSE メンバーが培った知識と経験が少しでもお役に立てる機会があれば、精一杯
ご協力させていただきたいと思います。